「この世界の片隅に」を観て
描かれているのは戦時中の広島の日常から戦後まで。戦時中の生活は日々苦しくなるにしても、明るく暮らして描かれていて、その生活がリアルに描かれているように思えた。
戦争が奪っていったものはいろいろあるけれど、だれもが持っている純粋で無垢な心を強制的に奪ってしまったんだなと思った。
あらすじは公式など見てもらうとして、以下ネタバレ。
広島と言えば原爆であるが、この映画では原爆描写はあまりない。
主人公が呉に嫁いでいたからだが、呉も空襲にあっていてその空襲の怖さは今まで見た映画の中で一番怖かった。空に見たこともない光が襲ってくるのがよくわかった。
主人公のすずは、思いを寄せつつあった幼馴染とではなく、昔に一度会っただけの周一と結婚した。
「今のうちが、ほんまのうちなら、ええ思うんです」と言うすずに、周作は
「過ぎた事、選ばんかった道、みな、覚めた夢とかわりやせんな。
すずさん、あんたを選んだんは、わしにとって多分最良の選択じゃ」
と話し、今までの選択がこれでよかった思うようにしていた。
その後、めいの晴美を繋いだ手が右手だったがために右手と共に時限爆弾で亡くしてしまう。左手で繋いでいたならと後悔する。
「今のうちが、ほんまのうちなら、ええ思うんです。」と「今のこの選択」を肯定したいすずを残酷な目に合わせられる。
周作は悩むすずに「過ぎた事、選ばんかった道、みな、覚めた夢とかわりやせんな。」と言ってくれた。
過ぎた事は、覚めた夢と変わらないだなんて言ってくれる人がいる事、そうやって世界の片隅でほんまのわたしを見つけてくれる誰かがそばにいることが最良な選択をした結果なのだと思う。
すずはぼーっとした子だ。戦争はぼーっとさせたままにはしてくれなかった。自分が信じた選択を強制的に後悔する選択にされてしまった。
無垢でいられることは人にとってとても大切な事だと思う。それを奪うことは何よりしてはいけないことだ。
「ショーシャンクの空に」を観て
アンディは刑務所の中でも人間の心である希望を求める心を忘れないことを望んだ。
世界のすべてが石でできているわけじゃない。
そしてその中にあるんだ。誰もたどり着けない、誰も触れられない物が...それは希望だ。
この話は人間の人生の生き方を描いている。
後悔、希望、安心、興奮、人が生きてとは何か。
必死に生きるか。必死に死ぬか
Get busy living or get busy dying
あらすじ(mihoシネマさんより)
銀行員であるアンディは妻とその愛人を殺害した冤罪により終身刑2回の判決を受け、ショーシャンク刑務所に投獄される。冤罪によって刑務所に投獄されたがアンディは外への希望を捨てずにいた。
刑務所の空気に馴染めず孤立していたが「調達屋」として慕われていた囚人レッドとの調達のやり取りを通して次第に仲を深めていく。レッド自身は仮出所の許可の審査が下りないで何年も過ごしていた。刑務所内での立ち位置もあってか外への微かな関心も薄れていく。しかし、アンディは表面に出す事は無くとも外に出る事に希望を捨てずにいた。仲良くなったアンディに注文したロックハンマーやポスターの謎。
次第に刑務所内の受刑者労働においても元銀行員の経験を発揮し刑務官らの税務処理や所長の所得隠ぺいなども任されるほどになる。目的は外に出る事だが、出来る作業であれば受刑者である身分であっても積極的なアンディ。この仕事ぶりが評価される事によって刑務官は優遇措置をアンディに与えるのか。立ち位置が出来てきた頃、囚人の証言からアンディの冤罪を立証できる可能性が浮上する。果たしてアンディは希望通り外の世界へ行く事は出来るのだろうか…。
最後のシーンのレッドの言葉が印象的だった。
興奮する、わくわくしてじっと座っていられないほどだ。
自由な人間だけが味わえる興奮だ。何にも縛られず、長い旅に出る自由な人間の興奮する、わくわくしてじっと座っていられないほどだ。
自由な人間だけが味わえる興奮だ。何にも縛られず、長い旅に出る自由な人間の希望を持とう…
アンディの元へ、それはレッドが自由な人間となり希望を持つことであった。
希望を持つ人は、希望を持てない自由になれない人を希望を持たせ自由な人間に変えることができる。
それは決して悲しい結末じゃない、誰もが心に持つ素敵な気持ちになり広がっていくのだとおもう。
「英国王のスピーチ」を観て
信じることができる友がいる、その事がどれだけすごいことなのかを描いた作品。
「英国史上、もっとも内気な王。」なんてキャッチコピーが付いていたから、コメディー的な話かと思っていたが、友情と言うものの大切さを考えさせてくれる話だった。
信じることができる友人がいれば、対等に向き合って話をしてくれる友がいれば、王が挫けるその重い責務と自信のなさを補い支えてもらうことができる。
友は偉大だ、自分以外の人として自分と向き合い、自分を思ってくれる、自分を大きく支える
存在だ。
あらすじ(wikipediaより)
1934年、大英帝国博覧会閉会式で、ヨーク公アルバート王子はエリザベス妃に見守られ、父王ジョージ5世の代理として演説を行った。しかし、吃音症のために悲惨な結果に終わり、聴衆も落胆する。
エリザベスはアルバート王子を説得して、言語療法士であるオーストラリア出身のライオネル・ローグのロンドンのオフィスをともに訪れる。独自の手法で第一次世界大戦の戦闘神経症に苦しむ元兵士たちを治療してきたローグは、王室に対する礼儀作法に反してアルバートを愛称のバーティーで呼びつけ、自身のことはローグ先生ではなくライオネルと呼ばせる。ローグの無作法に反発し帰りかけたアルバートに、ローグはシェイクスピアの『ハムレット』の台詞を朗読できるかどうか、賭けを持ちかける。ローグは音楽が流れるヘッドホンをつけさせ、アルバートには自身の声が聞こえない状態でその声をレコードに録音する。途中で腹を立てて帰ろうとするアルバート王子にローグは録音したばかりのレコードを持たせる。
作品は史実でありながら、とても観やすくライオネルとバーディーが友情を築いて行く様が、伝わるものであった。
友だちの少ない私には、きっと気づけない共感や感動が描かれているのかもしれない。
そんな私でも友の素晴らしさが誇大に美化されずに伝わる、それだけで十分素敵な映画だ。
「ボクの妻と結婚してください。」を観て
この映画は、幸せがどこにどのようにあるのかを再認識させてくれた。
とってもとっても素敵な映画だ。
あらすじ
テレビ業界で働く敏腕放送作家が余命宣告を受け、愛する家族の未来のために妻の「最高の結婚相手」を探しだす……ある男の一風変わったエンディング・ノート。2012年刊行の原作『ボクの妻と結婚してください。』樋口卓治著(講談社文庫)は、斬新な設定、心温まる物語が支持され、世代を問わずまさに究極の恋愛バイブルとなりました。そして、今秋、最高の布陣を得て、『ボク妻』がスクリーンに登場します。
メガホンを取るのは『阪急電車 片道15分の奇跡』(11年)などを監督し、繊細な人間ドラマの描写が高く評価されている三宅喜重。主演は「ようやく自分のやるべき作品と役柄に出会うことが出来た」と語る日本映画界の至宝、織田裕二。『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』(12年)の公開から4年。命を懸けて日本の治安を守り続けてきた男が、愛する妻と子の幸せを願い突き進む“強さ”、いつ尽きるとも分からない自分の命に翻弄される“弱さ”を併せ持つ主人公、三村修治を熱演します。修治の妻、三村彩子役には今最も輝く女優・吉田羊。余命僅かな修治の「思いつき」と真摯に向き合い、覚悟を決めて夫に寄り添うヒロインを務めます。さらに、修治の見初めた「結婚相手」伊東正蔵役を『神様のカルテ』シリーズ(11年、14年)での熱演も記憶に新しい原田泰造、そして、結婚相談所を経営する修治の良き理解者、知多かおり役を女優として常に第一線で活躍する高島礼子と、まさに実力派俳優陣が勢揃い。主題歌は自身も結婚を経験し、新たな音楽の領域に踏み込んだアーティスト、中島美嘉。切なくも、希望に満ちた名曲「Forget Me Not」を圧倒的な表現力で歌い上げます。
以下感想
この映画を観て、怒る人もいると思う。
「こんな馬鹿はいない!」って。
自分が愛する妻に新しい旦那を自分で見つける。めちゃくちゃすぎる!
でも、夫でする主人公の三村修二はとんでもない素敵な馬鹿だから仕方ない、そう思えるような人だと思う。
相手の伊藤正蔵に「結婚の良いところ!ご飯が美味しくなる!」なんて修二はプレゼンしているけど、結婚って良いものじゃない思ってた正蔵が良いなと思えたのは、そう話す修二が本当に幸せそうだったからだと思う。
修二の話す結婚が素敵なのは世界で一番妻の彩子が大好きでずっと幸せでいてほしいと強く願っているからだ。
そして、そんな修二も家族に愛されてるとわかるからだ。
本当の幸せはずっと大好きだと言える人がいて、ずっとその人の幸せを願える事。
もしこのどれかが欠けてしまえば、悲しくなってしまう。
修二は死ぬまで幸せだった。自分がいなくなる悲しさを自分の楽しみに変えて、自分がいなくなってもずっと妻が大好きで幸せであることを願い続けることができたから。
「湯が沸くほどの熱い愛」を観て
湯が沸くほどの熱い愛、心のうちにある母の熱い愛。
家族愛が題材の映画だが、感動的なだけじゃない。タイトルに違わないやりすぎなくらいの熱く心を燃やす母の愛を描いている。
観る人は以下のあらすじも見ないで見て欲しい。
本当に設定がやりすぎな話だと思う。母の愛は想像を超える。
感動というだけで充分なくらいなのに、その熱い愛に胸打たれる。
あらすじ(公式サイトより)
余命2ケ月。私には、死ぬまでにするべきことがある。
銭湯「 幸 (さち )の湯」を営む幸野家。しかし、父が1年前にふらっと 出 奔 し銭湯は休業状態。母・双葉は、持ち前の明るさと強さで、パートをしながら、娘を育てていた。
そんなある日、突然、「余命わずか」という宣告を受ける。その日から彼女は、「絶対にやっておくべきこと」を決め、実行していく。
○家出した夫を連れ帰り家業の銭湯を再開させる
○気が優しすぎる娘を独り立ちさせる
○娘をある人に会わせる
その母の行動は、家族からすべての秘密を取り払うことになり、彼らはぶつかり合いながらもより強い絆で結びついていく。そして家族は、究極の愛を込めて母を 葬 おく ることを決意する。
以下ネタバレ含む
たんたんと描かれるが母双葉が置かれている状況がとんでもない。
娘と2人でくらす双葉は余命2ヶ月。娘はいじめられっこで学校に行きたがらず。一年前に家出した夫は知らない女(違う男のところに行ってしまった)の子どもと2人で生活していた。その子は夫が昔その女と作った子どもだと言う。
そんな4人で銭湯を再開する。日に日に病魔が体を弱らせて行く。
でも、それだけじゃ終わらない。
実は娘は実の子じゃない。そして、双葉自身も母に捨てられた子だった。しかも、最終的に双葉の母には自分にはそんな子はいないと言われてしまう。
双葉の強さはすごすぎだよ。
双葉の目指すみなのあるべき姿への熱い思いが、本当に母の強さで、強いだけじゃなくて熱い。
ここまで、熱い熱い言うと暑苦しいみたいだけど、そうではない。
ここ最近では一番感動した。やりすぎな設定だけど、熱い熱い思いを考えれば、これでよいと思う。
思った以上の良い作品だった。
「デスノート Light up the NEW world」を観て
感想は、原作デスノートのワクワクした気持ちを超えられない、でも、デスノートの世界はまだまだ作品として作り甲斐があるとわかった。
あらすじ
東出昌大、池松壮亮、菅田将暉が共演し、大ヒット作『DEATH NOTE デスノート』シリーズの10年後の世界に迫る続編。夜神月とLの死から10年後の情報社会を舞台に、捜査官と探偵、サイバーテロリストによる争いを最新のVFX技術を駆使して映し出す。監督を務めるのは、『GANTZ』『図書館戦争』シリーズなどの佐藤信介。前シリーズの遺伝子を受け継ぎつつさらに進化した、デスノートをめぐるバトルが楽しめる。
デスノートの力で多数の凶悪犯を破滅させた夜神月と、彼を追い詰めた天才Lの伝説のバトルから10年の歳月が経過。またしても死神がデスノートを下界にまき散らしたため、世界中が混乱していた。夜神総一郎が設立したデスノート対策本部は健在で、キラ事件を熟知する三島(東出昌大)をはじめとする特別チームが事態を注視しており……。
デスノートにはルールがあるから面白い、そこがお互いが戦える点だ。制限があるからLは月を追い詰められた。そのデスノートのルールのもとに起こる世界を描いたのが今作だと思う。
自分が原作の好きなところは、月とLの天才どおしの対決、互いの正義のぶつかり合い、月の優等生らしい天才とLの奇抜な天才ぶりのキャラクター。
どうしても、原作のこれらの良さと比較してしまうので、物足りなさを感じてしまった。
特にLの後継者の竜崎役の池松さんは、池松さんのよくやるキャラクターにしか見えなくて、もったいなかった。Lの奇抜さは想像を超えて欲しかった。
デスノートの世界で話を作ればいろいろなキャラクターやアイディアを生み出せる気がした。続編があるような終わり方だったので、次回の脚本はもっと作り込まれつつ、想像を超えるものだと嬉しい。